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ノーリン:これ、わがパダ=ワン、ターリン。

ターリン:はい、マスター・ノーリン。

ノーリン:そろそろ人間に惑星の定義を教えようと思うが、どうかな。

ターリン:時期尚早じゃないですか。また、地動説の時みたいに、大混乱しますよ。

ノーリン:地動説の時はガリレオを陥れようとした俗物が絡んだからややこしくなったんじゃないか。地動説は異端と考えなかったはずじゃ。いいかげん、惑星の定義を考え直させないと、次の予定のファースト・コンタクト以降、大混乱するぞ。

ターリン:でも、学校で習ったのと違うとか、自分は動いているように感じないとか、地上が宇宙の中心であるべきとか反対する輩がいっぱいいたじゃないですか。

ノーリン:では、今回はどんな反対が考えられるかな。

ターリン:アメリカ人の見つけた惑星が惑星でなくなるとか、ガミラスの太陽系方面指令本部がなくなるとか。シュルツ司令の顔写真が“報道ステーション”にでるかもしれません。

ノーリン:全部情緒的なものばかりじゃないか。科学に情緒性がかけらも入る余地がないのは自明の理ではないか。だいいち、太陽系の営みは何にも変らんぞ。変るのは人間の考え方だけではないか。人間は、科学の発見、観測とともにその理論を変更することに関しては実に長けているよ。それどころか、分からないことまで、うまい説明を見つけてくるもんじゃ。光を粒子と波動とに使い分けて説明するなんざ、ていしたもんだ。

ターリン:マスター・ノーリン。落語家みたいな口調になってますよ。

ノーリン:さっき、志ん生聞いとったからなぁ。それはさておき、惑星の“惑”って、夜空を他の星と違った規則で右にいったと思ったら左へいくように見えたからなんじゃが、それが、太陽系の周りを回っていることに由来することがわかって、太陽の周りをまわる自ら発光しない星という定義にかわってきとるんじゃ。この定義も限界ではないか。

ターリン:そうかもしれませんね。じゃぁ、一丁知らせてきますか。

ノーリン:気をつけて、姿を見られないようにな。
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2006.08.27 Sun l 考え中 l COM(0) TB(0) l top ▲

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