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四半世紀の時空を超えたご近所さんがいらっしゃいました。

上京した数日前、千代田線が小田急に乗り入れました。残念ながら駒場に学校があったわけではないので、住みだしたのは80年からです。上原3丁目でした。渋谷区、目黒区、世田谷区が入り組んだややこしい所です。本当は下北沢に住みたかったのですが、家賃の問題で、ちょっと離れたここになったしだいです。ただ、池ノ上、代々木上原、下北沢、ちょっと足を伸ばせば、笹塚にも行けるという地の利はありました。

で、当時の代々木上原は改札を出ると、両側は金網。将来利用するであろうフロアと階段と高架の支柱がコンクリート打ちっぱなしで見えるだけでした。しかも、もともと谷の底みたいな場所なので、線路の両側を走る道路の高さが違うのがおかしいかったのです。ここに死体を隠しても絶対ばれないだろうと不埒なことを考えたりしたものです。ただ街としては、千代田線のにおいが漂いだした頃です。(二駅で、原宿、表参道と続いていました。)ビストロとかが上原銀座の坂の下にできていました。また、東北沢よりの高架下、井の頭通り沿いにはおしゃれな洋菓子屋が。(イチゴのタルトがおいしかった。)でも、坂の上は普通の住宅地でしたので、100円餃子・やきそばの店もありました。新宿よりのいまは本屋さんになっている所です。

アパート(四畳半、風呂なし、トイレは共同)から、上原小学校の前を通って初音屋を左に見て上原湯へ。このあたりでよく食事を。貧乏学生でしたので、500円前後の定食を。井の頭通りへ出るところのコンビニは当時珍しいものでした。井の頭通りは上下一車線のみの、狭い道路です。古本屋あったあたりはもう道路になっています。上原銀座の坂を降りていく途中に中華料理屋さんがありました。あそこのつけ麺はちょっと変った味だったよなぁ。で、そのあたりの路地を入ると貸しレコードやさんがあったり、喫茶店があって、本屋さんがあって、なかなか居心地のいいところでした。下北沢が、70年代の混沌としたエネルギーにあふれた街とすると、ここは落ち着いたのほほんとした感じがありました。どっちも好きですが。

いまでも、東京出張の折にはぶるぶら歩きに行ってます。

なんか、もう一度住んでみたいなぁ。と思う今日この頃でした。
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2006.02.16 Thu l 街へ出でよ l COM(2) TB(1) l top ▲

コメント

上原より福井のご近所さんへ。
うぐいす師匠上京の年、ワタクシは3歳・・・。

死体を隠しても絶対ばれないなんて、今の上原からはまったく想像もできませんね。
ちなみに我が家は、旧うぐいす邸から見て小田急を隔てた反対側。住宅街のど真ん中に位置しております。

で、上原銀座の中華料理屋といえば「大勝軒」。月に数回、スペシャルつけ麺を食べに行きます。そして、井の頭沿いの洋菓子屋は「ダリオルール」ですね。ここは先日我が駄文集に書いたばかり。
ホントに住みやすい街ですよね、代々木上原って。これで、家賃がもう少し安ければ最高なのですが・・・。
2006.02.17 Fri l BOSSA. URL l 編集
そうだ、「大勝軒」だ
思い出しましたよ。あそこのつけ麺、王道からははずれているのですが、いいんですよ。小田急の反対側の話はまた。
2006.02.17 Fri l うぐいす. URL l 編集

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「どうしてこんなに旨いのだろう~」と、毎回”目から鱗”連発のご近所な居酒屋。
2006.02.17 Fri l Influencia do Jazz
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